海外ドラマを使って英語表現を学ぶ『ドラマdeエイゴ』へようこそ。
誰も手をつけたがらなかった案件が、いくつもの机を経由して、最後に自分のところへ届く。そんな順番の最後尾に立たされた経験はありませんか。断る理由も見つからず、引き受けるしかないあの空気です。
そんな場面にぴったりの「kick it down」を、『BONES』シーズン1第12話の冒頭、報道陣が詰めかけた事件現場でブースが上司のカレン副長官と言葉を交わすシーンから、一緒に見ていきましょう。
「kick it down」の意味とニュアンス
kick it down (to someone)
意味:下へ回す、丸投げする
組織の階層を上下のある空間として捉え、案件をその下へ送ることを表します。文字どおりには、蹴って下へ落とす動きです。
対になるのが kick it up です。こちらは現場から上へ判断を仰ぐ動き。同じ kick でも、up なら責任を預ける方向、down なら仕事を押しつける方向になります。向きが変わるだけで立場が入れ替わるのが、この組み合わせのおもしろいところです。
選ばれている動詞にも意味があります。hand over(手渡す)や pass on(回す)なら、渡す側と受け取る側の手が触れる。ところが kick は足の動作で、触れずに遠ざける行為です。自分の手では扱いたくないものを送り出す、という距離感がここに出ます。
会話で使われる言い方で、正式な文書には現れません。
【ここがポイント!】
- 組織を上下のある空間と見て、案件を下へ蹴り落とす動きを表す一言
- kick it up(上へ上げる)と対になっていて、向きで立場が入れ替わるのが特徴
- 手渡しではなく足で送る言い方なので、皮肉や愚痴の場面に馴染むのがコツ
『BONES』S01E12のシーンで見てみよう
意味を押さえたところで、実際のドラマシーンを見ていきましょう。
舞台はワシントンD.C.の路地です。小学生の一団が白骨遺体を見つけ、路地の外には報道各社のカメラが並んでいます。世間の注目を浴びた事件は地元警察の手を離れ、FBIへ回されてきました。担当を任されたのはブースです。現場へ向かって歩きながら、上司のカレン副長官が案件のたどってきた道筋を説明します。それを受けたブースの返しが見どころです。
Booth: I hate press cases.
(マスコミが絡む事件は苦手です)Cullen: …some homicide detective kicks it up to his captain who kicks it up to the chief, who kicks it to the F.B.I.-
(…殺人課の刑事が警部に上げ、警部が本部長に上げ、本部長がFBIに投げる)Booth: And you – bang – kick it down to me. Which I thank you for, sir – the opportunity.
(そしてあなたが、バン、と俺に蹴り落とす。感謝しますよ、その機会を)Cullen: Booth, I want this closed.
(ブース、これは片づけてもらうぞ)BONES Season1 Episode12 (The Superhero in the Alley)
シーン解説と心理考察
カレン副長官の説明は、刑事から警部へ、警部から本部長へと、同じ動詞を繰り返しながら階段を上がっていきます。誰も判断を下さないまま案件だけが移動していく様子が、kick の反復によって描かれています。
そこへブースが and you と割り込み、最後の一段を自分で引き受けてみせます。bang という擬音を挟んだのは、受け取った側にだけ衝撃があることを示すためでしょう。上へ蹴り上げる側は身軽ですが、下で受ける者には音が立ちます。
続く the opportunity(その機会)という言い方に、この人物の輪郭が表れています。押しつけられたと言わずに、機会をいただいたと返す。皮肉でありながら、引き受けること自体は拒んでいません。文句を言いつつ現場に立つ、ブースの立ち位置が短いやり取りに重なっています。
『BONES』流・覚え方のコツ
長い階段を思い浮かべてみます。誰も持ちたくない荷物が、一段ずつ上へ蹴り上げられていく。上りきったところで方向が変わり、今度は一気に下へ転がり落ちる。その落下点に立っているのが自分だとすると、この表現の手触りがつかめます。
kick it up は荷物を上へ送る動き、kick it down は下へ落とす動き。どちらも手を使いません。触れずに済ませたいものだから足で運ぶ、という了解が動詞に埋め込まれています。
劇中でブースが挟んだ bang は、その荷物が自分の机に着地した音でした。あの一音ごと覚えておけば、上下の向きも温度も一緒に残ります。
例文で覚える「kick it down」
誰から誰へ渡ったのかがはっきりする表現です。3つの例文で使い方の幅を見てみましょう。
The director didn’t want to make the call, so he kicked it down to our team.
(部長は判断したくなかったので、うちのチームに丸投げしてきた)
決裁を避けられた場面です。didn’t want to と組むと、押しつけの理由まで一息で示せます。
Every complaint gets kicked down until it lands on the front desk.
(苦情はどれも下へ回されて、最後は受付にたどり着く)
組織の構造そのものを語る場面です。受動態にすると、特定の誰かを責めない言い方になります。
A: Why are you handling the vendor issue?
B: It got kicked down to me this morning.
A: Of course it did.
(A:なんで取引先の件をあなたが担当してるの?)
(B:今朝こっちに回ってきたんだよ)
(A:そうだろうね)
同僚と事情を確認する場面です。短く返すだけで、経緯への諦めまで伝わります。
あわせて覚えたい関連表現
dump on
(押しつける、厄介払いする)
ゴミを投棄する動作が原義で、相手を捨て場のように扱う無礼さが出ます。kick it down が階層の上下を前提にするのに対して、こちらは上下関係がなくても使えます。
pass the buck
(責任を他人に回す)
ポーカーで親を示す目印を隣へ回す習慣に由来する言い方です。kick it down が仕事そのものの移動を指すのに対して、こちらは責任の所在をずらす点に焦点があります。
delegate
(権限を委ねる、任せる)
信頼して任せるという前向きな響きを持つ語で、人事や管理の文脈で使われます。同じ「下へ渡す」でも、kick it down とは相手への敬意の有無が正反対です。
Note|渡し方を決める動詞たち
仕事が誰かから誰かへ移るとき、英語はその動きをどの動詞で語るかで温度を決めています。中身が同じ案件でも、選ばれた動詞ひとつで、渡した側の姿勢まで見えてしまいます。
hand over は手から手へ移す言い方です。引き継ぎ資料を添えて後任に託すような場面に馴染み、受け取る側への配慮が前提になります。pass on は経路をたどらせる言い方で、感情の色はほとんどありません。連絡事項を次へ回すときのような、事務的な移動です。ここまでは、渡す側と受け取る側が同じ地面に立っています。
ところが kick と dump が入ると、地面が傾きます。kick it down は上から下へ蹴り落とす動きで、階層の存在が前提です。dump on は荷を捨てる動きで、相手を捨て場として扱う無礼さが出ます。どちらも手を使わない点が共通していて、触れたくないという気持ちがそのまま動作に出ています。
日本語でも、任せる、回す、押しつける、投げる、と語をかえて同じ違いを表します。違うのは、英語が身体の動きをそのまま持ち込んでいる点でしょう。手なのか足なのか、置くのか落とすのか。動詞を選び直すだけで、その仕事をどう思っているかまで伝わってしまいます。
何を渡すかより、どう渡すか。言葉はそこを見ています。
まとめ|階段の下で受け止める人
kick it down は、組織の階層を上下のある空間と見立てて、案件を下へ送ることを表す言い方です。kick it up と対になっていて、向きが変わると預ける側と押しつけられる側が入れ替わります。
この一言を持っておくと、理不尽な流れを説明するときに言葉に詰まらなくなります。誰が悪いと名指しするのではなく、案件がどう動いたかを示すだけで状況が伝わる。愚痴としても、事実の報告としても使えます。
蹴り落とされた案件を、機会をいただいたと言い換えて受け取ったブース。あの返し方には、現場に立つ人の意地が透けて見える場面でした。


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