海外ドラマを使って英語表現を学ぶ『ドラマdeエイゴ』へようこそ。
地味な人だと思っていた相手が、実はあちこちに顔を出していたと知って驚く。そんな場面があります。人ひとりの活動範囲は、外から見えているぶんだけとは限らないものです。あとから輪郭が広がっていくことのほうが、むしろ多いのかもしれません。
そんなときに使える「have a thumb in a lot of pies」を、『BONES』シーズン1第12話の後半、ブースが被害者の人物像をブレナンに語るシーンから、一緒に見ていきましょう。
「have a thumb in a lot of pies」の意味とニュアンス
have a thumb (finger) in a lot of pies
意味:あちこちに関わっている、手広く手を出している
複数のパイに指を入れている、が文字どおりの姿です。焼き上がったパイに指を突っ込んで中身を確かめる、行儀の悪い動作が下敷きになっています。それを何枚ものパイに対して同時に行っている状態が、この表現の描く光景です。
一般に定着しているのは have a finger in every pie の形で、指の本数やパイの数は場面に応じて変わります。劇中のように thumb(親指)を使うのは通常の形ではありません。太くて不器用な指に置き換えたぶん、洗練とは無縁の関わり方だという印象が加わります。
評価は文脈で決まります。多方面で活躍している人への感心にもなりますし、どこにでも首を突っ込む人への皮肉にもなります。共通しているのは、ひとつに絞っていないという指摘です。
【ここがポイント!】
- 何枚ものパイに指を入れているという、行儀の悪い光景が芯にある言い方
- 定型は finger だが、劇中のように語を差し替えて印象を変えることもできる表現
- 称賛にも皮肉にも転ぶので、話し手の口調から読み取るのがコツ
『BONES』S01E12のシーンで見てみよう
意味を押さえたところで、実際のドラマシーンを見ていきましょう。
被害者は自室にこもって過ごしていた十七歳の少年でした。ところが調べが進むにつれ、自作のコミックを介して周囲と関わっていた形跡が次々に出てきます。研究所で骨片の処理にあたるブレナンのそばで、ブースがその日わかったことを並べていきます。
Booth: Stew was the artist.
(絵を描いていたのはスチューだ)Brennan: Really?
(本当に?)Booth: He also had a thing for Abby.
(それに、アビーにも気があった)Brennan: Wow.
(へえ)Booth: Yeah. For a recluse, Warren Granger- He had his thumb in a lot of pies.
(ああ。引きこもりにしては、ウォーレン・グレンジャーは…ずいぶん手広くやっていたわけだ)BONES Season1 Episode12 (The Superhero in the Alley)
シーン解説と心理考察
For a recluse(引きこもりにしては)という前置きが、この一言の骨格になっています。周囲が貼っていたラベルを先に置いてから、それに収まらない事実を並べる。捜査で人物像が更新されていく過程が、短い文にそのまま入っています。
ブースの言い方には、少年への感心がにじみます。作品を共作していた相手がいて、思いを寄せる相手もいた。部屋にこもっていたはずの人物が、実際には複数の関係の中にいた。皮肉ではなく、見立てが外れたことへの素直な驚きとして響きます。
finger ではなく thumb が出てくるのも、この場面らしいところです。定型どおりに言えば洗練された言い回しになりますが、太い指に置き換わることで、器用ではない関わり方という手触りが加わります。整った言葉より、こちらのほうが少年の姿に近いと言えます。
『BONES』流・覚え方のコツ
焼き上がったパイが何枚もテーブルに並んでいる情景を思い浮かべてみます。まだ切り分けられていないパイに、誰かの指がひとつずつ入っていく。中身を確かめているのか、取り分を主張しているのか、外からは判断がつきません。
行儀の悪さが、この比喩の要です。丁寧に皿へ取り分けるのではなく、直接触れて印を残していく。だからこの表現には、感心と呆れが同居します。
劇中では、そこに太い親指が突き立てられました。指先でそっと、ではなく、ずぶりと。ひとりの少年が残していった関わりの跡を、あの不器用な指の形で覚えておくと、意味も温度も一緒に残ります。
例文で覚える「have a thumb in a lot of pies」
人物評として使われることが多い表現です。3つの例文で見ていきましょう。
She has a finger in every pie at that company — sales, hiring, even the newsletter.
(あの会社では彼女があらゆることに関わっている。営業も採用も、社内報まで)
活動範囲の広さを説明する場面です。具体例を並べると、感心なのか呆れなのかが伝わります。
He has fingers in too many pies to finish any of them.
(彼は手を広げすぎていて、どれも仕上がらない)
批判として使う場面です。too many と組むと、否定の方向がはっきりします。
A: How does he know everyone in this building?
B: He’s had a finger in a lot of pies over the years.
A: That explains it.
(A:どうしてこのビルの全員と知り合いなの?)
(B:長年あちこちに関わってきた人だからね)
(A:なるほどね)
人脈の広さを説明する場面です。over the years を添えると、積み重ねの結果だと示せます。
あわせて覚えたい関連表現
wear many hats
(何役もこなす)
役割ごとに帽子をかぶり替える動作が下敷きで、担っている職務の多さを表します。関与の広さを言う have a thumb in a lot of pies に対して、こちらは責任の多さに焦点があります。
jack of all trades
(何でもこなす人、器用貧乏)
幅広い技能を持つ人を指す言い方で、続けて master of none と言えば皮肉になります。能力の話である点が、関わりの広さを言う今回の表現と異なります。
meddle in
(口を出す、首を突っ込む)
余計な干渉だという評価がはじめから含まれる語です。have a thumb in a lot of pies の否定的な側面だけを取り出した言い方だと考えると、使い分けやすくなります。
Note|英語のパイは、いつも切り分けられている
なぜ指を入れる先がパイなのか。英語の中でパイがどんな役割を担っているかを見ていくと、この比喩の土台が見えてきます。
英語には、分け前や取り分をパイで語る言い方がいくつもあります。a piece of the pie や a slice of the pie は、利益や市場の取り分そのものを指します。数字の割合を示す円グラフは pie chart で、丸いパイを切り分けた形がそのまま図になっています。あてにならない絵空事を pie in the sky と呼ぶのも、手の届かない場所にある取り分という発想です。どれも、ひとつのパイを複数人で分けるという前提を共有しています。
この土台があるからこそ、指を入れるという動作が効いてきます。切り分けられる前のパイに指を突っ込むのは、順番を待たずに手をつける行為です。しかもそれを何枚ものパイに対して同時に行っている。関わりが広いという事実だけでなく、どこにでも自分の取り分を確保しに行く、という含みがここから生まれます。
日本語では、この場面を手や顔で語ります。手を広げる、手を出す、顔が広い。身体の部位は共通していても、分け合う対象としての食べ物は出てきません。パイが登場するかどうかは、その社会が何を分けてきたかの違いなのかもしれません。
切り分ける前に触れた指は、あとから跡が残ります。
まとめ|見えていた範囲の外側で
have a thumb in a lot of pies は、あちこちに関わりを持っている状態を、複数のパイに指を入れる光景で表した言い方です。称賛にも皮肉にも転び、共通するのはひとつに絞っていないという指摘になります。
この表現を知っていると、人物の活動範囲を一言で描けるようになります。多才だと持ち上げるのでも、節操がないと責めるのでもなく、事実として広さだけを示せる。評価を保留したまま人を語れる便利さがあります。
部屋にこもっていた少年が、実は何枚ものパイに指を残していた。人の輪郭は、外から見えている線よりも広いのかもしれません。


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