海外ドラマを使って英語表現を学ぶ『ドラマdeエイゴ』へようこそ。
正しい結論を口にしている最中に、本人の声からだけ確信が抜けていく——そんな瞬間が、ドラマには時々あります。言っていることは何一つ間違っていないのに、言い終わる前に自分で崩してしまうのです。
その崩れ方の起点になるのが「in the long run」で、長い目で見れば、という意味の表現です。『フレンズ』シーズン3第23話の中盤、2人の男性のどちらを選ぶかを、フィービーが仲間の前で分別くさく結論づけるシーンから、一緒に見ていきましょう。
「in the long run」の意味とニュアンス
in the long run
意味:長い目で見れば、長期的には
run はここでは「走り」、つまり長距離走のことです。短距離なら最初の飛び出しで勝負が決まりますが、長距離ではそうはいきません。in the long run は「長い走りの中で見れば」という言い方で、そこには「今の順位は最終順位ではない」という前提が組み込まれています。
この表現がいつも背負っているのが、短期との対比です。今は損でも、いずれ得になる。今はつらくても、あとで報われる。そう言いたいときに使われるため、片方だけを述べる文にはあまりなじみません。but と組んで「今は◯◯だが、長い目で見れば△△だ」という骨組みを作るのが、最も自然な現れ方です。
文頭に置いても文末に置いても使えます。In the long run, … と先に出せば主張の前置きになり、… in the long run と後ろに回せば結論の念押しになります。意味は変わりませんが、置く位置で会話の重心が動きます。
【ここがポイント!】
- 核は「長距離走の途中経過」——今の順位は最終順位ではない、という一言
- 短期との対比が前提。but と組むと主張の骨組みが一気に立ち上がる
- 文頭なら前置き、文末なら念押し。置く位置で会話の重心が動くのがコツ
『フレンズ』S03E23のシーンで見てみよう
意味を押さえたところで、実際のドラマシーンを見ていきましょう。
フィービーは消防士のヴィンスと幼稚園の先生ジェイソンの二股に耐えられなくなり、ついにどちらかと別れる決心をします。仲間の前で選んだのは「繊細なジェイソン」。その理由として、いかにも分別のある基準を持ち出してみせます。ところがこのセリフ、言い終わる前に本人の手で崩れていきます。どこで確信が抜けるかに注目してみてください。
Phoebe: All right, I got to go. I have to break up with Vince.
(よし、行かなきゃ。ヴィンスと別れてくる)Chandler: Oh, so you’re going with the teacher, huh?
(へえ、じゃあ先生のほうを選ぶんだ)Phoebe: Yeah. I like Vince a lot, you know, but Jason is so sensitive, you know? In the long run, I think sensitive is better than having just like a really, really, really nice… body. Jason. Definitely Jason. Okay, wish me luck.
(うん。ヴィンスもすごく好きなんだけど、ジェイソンってすごく繊細でしょ? 長い目で見れば、繊細さのほうが、ものすごく、ものすごく、ものすごくいい……体より、いいと思うの。ジェイソン。絶対ジェイソン。じゃ、行ってくる)Friends Season3 Episode23(The One with Ross’s Thing)
シーン解説と心理考察
このセリフの見どころは、フィービーが自分の結論を自分で裏切っていく速度にあります。繊細さと外見を天秤にかけ、in the long run という長期の物差しを持ち出す。ここまでは筋が通っています。ところが really を重ねるうちに、彼女の視線は物差しから離れ、ヴィンスの体のほうへ移っていきます。
言葉が途切れる位置が、そのまま心の位置を示しています。ものすごく、ものすごく、ものすごくいい……と繰り返したあと、彼女は最後の一語を口にするまでに間を置く。長期の話をしていたはずが、その最中に目の前の魅力へ引き戻されている——その揺れが会話の温度を変えています。
だからこそ、直後の「ジェイソン。絶対ジェイソン」が効いてきます。確信があるなら、二度も名前を言う必要はありません。自分に言い聞かせる言い方になっているところに、決意の危うさが表れています。事実この後、彼女はヴィンスと別れることができません。長い目で見ると宣言した人が、いちばん長い目で見られていない。その皮肉がこの一言に重なっています。
『フレンズ』流・覚え方のコツ
long run の run は、長距離走の「走り」です。スタート直後の順位表を見ても意味がない。第一コーナーで先頭に立った選手が、最後まで先頭とは限らない——その競技の性質そのものが、この表現の中身です。
そこにフィービーの天秤を重ねてみてください。片方の皿に「繊細さ」、もう片方に「ものすごくいい体」。彼女は長距離で見れば繊細さのほうが重い、と宣言します。ところが、ものすごくを3回言っているあいだに、目の前の皿がぐらりと傾き始めます。
in the long run と口にした瞬間、話し手は「近くを見るのをやめて、遠くを見る」と宣言しているわけです。その宣言をした本人が、その場で近くを見てしまう。この落差ごと覚えれば、この表現がいつも短期との綱引きの上に立っていることが体で分かります。
例文で覚える「in the long run」
but と組み合わせたとき、この表現は本領を発揮します。今と将来を綱引きさせる3つの場面で見ていきましょう。
Buying a good chair is expensive, but in the long run it saves your back.
(いい椅子は高いけど、長い目で見れば腰を守ってくれる)
高い買い物を迷っている相手に、投資として勧める場面です。目先の出費と将来の利益を but でつなぐ、最も典型的な形になっています。
Cutting training now might help this quarter, but it will hurt us in the long run.
(今研修を削れば今期は助かるけど、長期的には効いてくる)
短期の数字のための削減に、会議で反対する場面です。文末に置くと、結論を静かに押し込むような響きになります。
A: I know it’s hard now.
B: I just want to quit, honestly.
A: In the long run, you’ll be glad you didn’t.
(A:今がつらいのは分かるよ)
(B:正直、もう辞めたい)
(A:長い目で見れば、辞めなくてよかったと思うはず)
落ち込んでいる相手を励ます会話です。文頭に置くと、これから視点を切り替えます、という合図として働きます。
あわせて覚えたい関連表現
in the long term
(長期的には)
意味はほぼ重なりますが、こちらはより中立的・分析的で、経営計画や政策の議論になじみます。in the long run のほうは「いずれそうなるって」という予測や説得の響きが強く、日常会話で自然です。
at the end of the day
(結局のところ)
時間の長さではなく、あれこれ言っても最終的には、という論点の整理を表します。in the long run が時間軸の話なのに対し、こちらは議論の整理という点で守備範囲が違います。
sooner or later
(遅かれ早かれ)
いつかは必ず起きる、という不可避性を表し、良し悪しの判断は含みません。in the long run が「長い目で見た場合の評価」を述べるのに対し、こちらは評価抜きで到来だけを予告します。
Note|「長い目で見れば」と言った人ほど、長い目で見られない
フィービーは in the long run と口にし、正しい結論まできちんとたどり着きます。それなのに、言い終わる前に自分でその結論を崩してしまう。この可笑しさには、実は名前が付いています。
人は、遠い将来の大きな報酬より、目の前の小さな報酬を過大に評価してしまう。この傾向は心理学で満足の遅延(delay of gratification)、行動経済学で時間割引(delay discounting)として、それぞれ別の測り方で研究されてきました。よく知られているのが前者で、1970年前後にスタンフォード大学のウォルター・ミシェルらが行った、いわゆるマシュマロ実験です。子どもの前にお菓子を1個置き、しばらく食べずに待てたら2個あげると告げて、大人は部屋を出る。理屈の上では待つほうが得だと、多くの子どもは理解しています。それでも、目の前の1個に手が伸びる。
大事なのは、これが判断力の問題ではないという点です。何が得かを計算する力と、その計算どおりに行動する力は、そもそも別物なのです。ミシェル自身も当初、子どもが正解を知っているかどうかではなく、正解を知りながらどう耐えるかに関心を向けていました。むしろ正しい結論を出せる人ほど、その結論を裏切ったときの落差は大きくなります。
フィービーのセリフは、この構図をそのまま実演しています。彼女は長期の物差しを自分から持ち出し、繊細さのほうに価値があるという結論まで導いた。計算は合っています。ところが、ものすごくを3回重ねるあいだに、目の前のお菓子が視界いっぱいに広がってしまう。そして実際、彼女はこの後ヴィンスと別れられずに戻ってきます。
in the long run という表現がいつも短期との対比を背負っているのは、このためかもしれません。この一言を使うとき、話し手は目の前の何かを我慢すると宣言しています。だからこそ、我慢しきれなかったときの落差まで含めて、この表現は面白いのです。
長い目で見ると言った瞬間から、目の前のものは少しだけ大きく見え始めます。
まとめ|フィービーの揺れる天秤から学ぶこと
in the long run は、時間の長さを述べる表現ではありません。「今の景色を判断材料から外す」という宣言です。だから必ず短期との対比とセットで現れ、対比のもう片方が強すぎると、このシーンのように説得力が崩れます。
この一言が使えるようになると、主張の組み立てが変わります。反対意見を出すときも、誰かを励ますときも、but … in the long run という骨組みを一本通すだけで、目先の話と将来の話がきれいに分かれて相手に届きます。
置く位置も自由です。文頭なら「これから視点を切り替えます」の合図に、文末なら静かな念押しに。使ってみたい場面を思い浮かべてみてください。


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