海外ドラマを使って英語表現を学ぶ『ドラマdeエイゴ』へようこそ。
ずっと憧れていた仕事の話が、思いがけない形で目の前に転がり込んできたのに、素直に「やります」と言えなかった経験はありませんか。欲しい気持ちが大きいほど、かえって手が伸びないことがあります。
そんな場面で飛び出す「would kill for」を、『フレンズ』シーズン3第21話の中盤、レストランのシェフに誘われたモニカが、ルームメイトのレイチェルに本音をぶちまけるシーンから、一緒に見ていきましょう。
「would kill for」の意味とニュアンス
would kill for
意味:〜のためなら何でもする、喉から手が出るほど欲しい
直訳すると「〜のために人を殺すだろう」。物騒な言葉ですが、実際の殺意とはまったく関係がありません。辞書も誇張表現と明記していて、「それくらい欲しい」「それくらいしたい」という強い願望を、大げさに言い切ることで表します。
安全装置になっているのが would です。仮定法のかたちを取ることで、「もしそんなことが許されるなら」という架空のクッションが一枚挟まります。このクッションがあるから、kill という激しい単語を抱えたまま、日常の会話に何食わぬ顔で流通できています。
対象になるのは、手が届きそうで届かないものが中心です。欲しい仕事、行きたい場所、飲みたいコーヒー、眠りたい時間。切実さの度合いは場面によって幅があり、人生を左右する願いにも、寝不足のぼやきにも使えます。
実際の会話では I’d kill for、I could kill for と短縮した形でよく使われ、口に出すときのリズムも軽い。物騒な直訳と、軽やかな語感。このギャップこそが、この表現の正体です。
【ここがポイント!】
- 「would kill for」の核は、殺すという物騒な絵で渇望の大きさを測る誇張表現
- would の仮定法が一枚クッションになり、激しい単語のまま日常会話で使える一言
- 切実な願いにも寝不足のぼやきにも効く、温度の幅が広いのが使いこなしのコツ
『フレンズ』S03E21のシーンで見てみよう
意味を押さえたところで、実際のドラマシーンを見ていきましょう。
実業家のピートから「レストランを買った、君にヘッドシェフをやってほしい」と告げられたモニカ。舞い上がった彼女は、部屋に戻るなりルームメイトのレイチェルにその話をぶちまけます。ところがレイチェルは話の中身を取り違えて、いきなり物騒な提案を返す。噛み合わないやりとりの中で、モニカの本音が一気に噴き出します。子どものころの思い出から始まった話が、どこへ着地するのかに注目です。
Monica: Can you believe he just offered me a restaurant?
(彼、いきなりレストランを任せるって言うのよ。信じられる?)Rachel: What a jerk. Want me to kick his ass?
(サイテーね。ぶっ飛ばしてやろうか?)Monica: This has been like my dream since I got my first Easy-Bake Oven and opened Easy Monica’s Bakery. I mean, I would kill for this job. I mean, I can totally do this job and God knows, I’ve paid my dues. Because he has a crush on me.
(これ、初めておもちゃのオーブンを買ってもらって「イージー・モニカのパン屋さん」を開いて以来の夢なのよ。この仕事、喉から手が出るほど欲しい。絶対にやれる自信もあるし、下積みだって十分やってきた。だって彼、私に気があるからよ。)Rachel: And you’re still not attracted to him at all?
(で、あなたはやっぱり彼に全然その気はないの?)Friends Season3 Episode21(The One with a Chick. and a Duck.)
シーン解説と心理考察
モニカが持ち出すのは、おもちゃのオーブンで開いた子どもの店の記憶です。夢の年季を示す材料として、これ以上ないものが選ばれています。そこから一息に would kill for まで加速するので、渇望の大きさが数字ではなく時間の長さで伝わってきます。
面白いのは、この叫びの直後に「だって彼、私に気があるから」と続くところ。欲しいと言い切った勢いのまま、自分で受け取れない理由を並べていきます。手に入れる資格はあると主張しながら、受け取り方が気に入らないという矛盾が、この一言に重なっています。
聞き役のレイチェルは、最初「ぶっ飛ばそうか」とまるで見当違いの反応を返します。この温度差があるおかげで、モニカの本気が浮かび上がる構図です。几帳面で常識的な彼女が、常識をかなぐり捨てて「殺してでも欲しい」と口走る。普段冷静な人がつい漏らす本音、という would kill for の典型的な温度がにじむ場面です。
『フレンズ』流・覚え方のコツ
would kill for を覚えるときは、主語の後ろに would という一枚のクッションが挟まっている絵を思い浮かべてみてください。クッションの向こう側には kill という物騒な言葉が置かれている。でも直接は触れない。「もしそんなことが許されるなら」という架空の一枚があるから、この言葉は日常会話の中を安全に転がっていけます。
モニカの場合、そのクッションの向こうにあったのは、おもちゃのオーブンから始まった長い夢でした。日本語の「喉から手が出る」も、冷静に見ればかなり物騒な絵です。渇望が理性の外へはみ出す瞬間を、身体の暴走として描く。英語も日本語も、発想の根っこは案外近いところにあります。
例文で覚える「would kill for」
切実な願いから軽いぼやきまで、温度の幅が広いのがこの表現の持ち味です。同じ型のまま場面だけを入れ替えられる三つの例文で、その幅を確かめてみましょう。
I would kill for a cup of coffee right now.
(今、コーヒーが飲めるなら何でもするわ。)
徹夜明けのオフィスで、同僚に思わずこぼす一言。飲食物と組み合わせる使い方がいちばん頻度が高く、深刻さのない軽い誇張として通じます。
A lot of people would kill for the job you’re about to turn down.
(君が断ろうとしてるその仕事、喉から手が出るほど欲しい人は大勢いるよ。)
転職を迷う同僚に釘を刺す場面。主語を第三者にすると、相手の判断に外側から圧をかける言い方になります。
A: Aren’t you tired of hearing about my wedding plans?
B: Are you kidding? I would kill for a wedding like that.
(A:私の結婚式の話、聞き飽きたでしょ?)
(B:まさか。あんな式なら私だって何でも差し出すわよ。)
友人同士の遠慮の探り合い。相手の話を受けて「うらやましい」を強く返すとき、この形が会話の温度を一段上げます。
あわせて覚えたい関連表現
would die for
(〜のためなら死んでもいい)
同じ「〜のためなら何でも」でも、kill for が奪ってでも手に入れる側なのに対し、こちらは自分を捧げる側です。to die for という形で「最高の」という褒め言葉にもなります。
would give anything for
(〜のためなら何でも差し出す)
辞書が would kill for の同義表現として挙げる言い方で、物騒さを抜いたぶん書き言葉にも耐えます。would kill for が使いにくい相手や場面では、こちらに置き換えると角が立ちません。
be dying for
(〜が欲しくてたまらない)
仮定法のクッションがなく、今まさに切望している状態をそのまま出す言い方。would kill for のような身振りがないぶん、直接的で子どもっぽい響きになります。
Note|渇望を「殺す」で表す英語、「喉」で表す日本語
モニカの would kill for を日本語にすると、多くの場合「喉から手が出るほど欲しい」あたりに落ち着きます。片方は殺し、片方は喉。同じ気持ちを表しているのに、選ばれた絵はまるで違います。
英語の would kill for は、渇望の大きさを「そのために何を破るか」で測ります。人を殺すという、社会の禁忌のいちばん重いところを持ち出して、そこまで踏み越えてもいいと言うことで欲しさの目盛りを示す。同じ発想は would die for(死んでもいい)や give one’s right arm for(右腕をやってもいい)にも共通していて、差し出す代償や破る禁忌の重さが、そのまま願望の強さの単位になっています。
対する日本語の「喉から手が出る」は、外に向かう暴力をいっさい持ちません。代わりに、自分の身体が自分の意思を裏切って動き出す絵を描きます。喉の奥から手が伸びて、勝手に掴みに行ってしまう。理性が効かないという一点は英語と同じでも、その暴走が向かう先が、外にいる他者なのか、内にある自分の身体なのかで分かれています。「目がない」「垂涎の的」のように、日本語が渇望を語るとき身体の部位を持ち出しがちなのも、同じ発想の延長線上にあります。
この違いを知っておくと、would kill for を訳すときに「殺す」を無理に残す必要がないことが腑に落ちます。英語が禁忌の重さで測っているものを、日本語は身体の暴走に置き換えて受け取っている。どちらも「理性が追いつかないほど欲しい」という一点を、別の道から指しています。
欲しさの測り方には、その言葉が育った土地の輪郭が残っています。
まとめ|モニカが叫んだ「殺してでも欲しい」の正体
would kill for は、渇望の大きさを禁忌の重さで測る誇張の表現です。would という仮定法のクッションが一枚挟まっているおかげで、物騒な言葉のまま日常会話を軽やかに転がっていけます。
この一言があると、「欲しい」の温度を細かく伝え分けられるようになります。ただ欲しいのか、順番待ちをしてでも欲しいのか、それとも理性が飛ぶほど欲しいのか。同じ願望でも、目盛りの位置が相手にはっきり届きます。
コーヒー一杯にも、人生を左右する願いにも同じ型で乗せられる一言として、表現の引き出しに加えてみてください。おもちゃのオーブンから始まった長い夢が、たった一言の物騒な誇張に収束していく。モニカの叫びの後ろに、「欲しいのに手を伸ばせない」という誰もが覚えのある矛盾が、そっと透けて見える場面でした。


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