海外ドラマを使って英語表現を学ぶ『ドラマdeエイゴ』へようこそ。
一度は片づいたはずの話を蒸し返されて、もう一度ゼロから付き合う気になれない。かといって声を荒らげたくもないし、相手を責めたいわけでもない。そんなときの切り上げ方に困った経験はありませんか。
そんな場面で使えるのが「that ship has sailed」で、その機会はもう過ぎた、という意味を持ちます。『メンタリスト』シーズン1第19話の終盤、病院での聴取で、CBIが容疑者の否認を打ち切る場面から、一緒に見ていきましょう。
「that ship has sailed」の意味とニュアンス
that ship has sailed
意味:その機会はもう過ぎた、今さらその話ではない
選ぶ余地や交渉の余地が、すでに失われていることを告げる表現です。桟橋に着いたときには船はもう沖に出ていて、手を振っても戻らない。その情景をそのまま比喩にしています。
特徴は、責める調子がほとんどないことです。「なぜ間に合わなかったのか」を問うのではなく、「もう無い」という事実だけを置きます。だから相手を追い詰める言い方にはならず、それでいて交渉の扉はしっかり閉じられます。議論を静かに終わらせたいときに選ばれるのは、このためです。
主語には that ship のほかに the ship や指示語なしの形も現れますが、決まり文句としては That ship has sailed. の形が圧倒的です。自分に向けて使えば、諦めや区切りを表す静かな独り言にもなります。現在完了形で「すでに出てしまった」状態を示すのが要で、過去形にすると単に船が出航したという事実の描写に戻ってしまいます。
【ここがポイント!】
- 核は「桟橋に着いたら船はもう沖に出ていた」という取り返しのつかない情景
- 相手を責めずに、機会が消えたという事実だけを置く言い方
- 議論を蒸し返されたときに、静かに扉を閉じる一言として使えるのがコツ
『メンタリスト』S01E19のシーンで見てみよう
意味を押さえたところで、実際のドラマシーンを見ていきましょう。
前夜に撃たれたブランドンが、手術から回復した直後の病室で聴取を受けています。彼の持っていた銃は被害者を撃った銃と一致しており、CBI側はすでに起訴を決めていました。それでもブランドンは否認を繰り返します。捜査側が本当に知りたいのは別のことで、そのために議論の入口を閉じにかかります。
Cho: Did she ask you to do it?
(彼女に頼まれたのか?)Brandon: I didn’t kill him.
(俺は殺してない)Cho: We know you killed him. That ship has sailed. We’re charging you with the murder of Felix Hanson. We just want to know if Sydney’s involved.
(君がやったことは分かっている。その話はもう終わりだ。フェリックス・ハンソン殺害で起訴する。知りたいのは、シドニーが関わっているかどうかだけだ)The Mentalist Season1 Episode19(A Dozen Red Roses)
シーン解説と心理考察
聴取の狙いが自白そのものではないことが、この短いやりとりから伝わってきます。銃はすでに押さえてあり、起訴の判断も済んでいる。だからこそ、殺したかどうかの押し問答に付き合う理由がありません。
そこで置かれたのが that ship has sailed でした。相手の否認を論破するのではなく、その論点を議題から外してしまう。反論の余地を残さないまま、次の質問へ進むための一言として響きます。
言い方に感情がこもっていないことも見どころです。声を荒らげれば、ブランドンには「疑われている」という抵抗の足場が残ります。事実として片づけてしまえば、その足場ごと消える。感情を交えずに淡々と話す捜査官の資質と、この表現の突き放した性格が、うまく噛み合っている場面です。
『メンタリスト』流・覚え方のコツ
桟橋を走ってきたときには、船はもう沖に出ている。手を振っても、大声を出しても、戻ってはきません。乗れなかったことを責める人もいなければ、交渉できる相手もいない。ただ「もう無い」という事実だけが、水面の向こうに残っています。
この情景が、that ship has sailed の温度をそのまま表しています。怒りでも非難でもなく、静かに扉が閉まる音。だから、蒸し返された議論を終わらせるときにも、自分の来し方を振り返るときにも、同じ言葉で足ります。
似た形の miss the boat が「乗り遅れた人」に目を向けるのに対して、こちらは「出てしまった船」に目を向けます。どちらの絵を見ているかを意識しておくと、使い分けで迷いません。
例文で覚える「that ship has sailed」
相手に告げるときと、自分に言い聞かせるとき。同じ表現が、置かれる場所によって違う温度を持ちます。断り方の硬さにも幅があるので、三つの場面で見てみましょう。
You could have applied last month, but that ship has sailed.
(先月なら応募できたんだけどね、その機会はもう過ぎたよ)
締め切りを過ぎてから相談を受ける場面です。but でつなぐと「惜しかった」という含みが乗り、突き放しすぎない断り方になります。
I thought about going back to school, but that ship has sailed.
(学校に戻ろうかとも思ったけれど、もうその時期は過ぎた)
自分の来し方を振り返る場面です。主語を自分の選択に向けると、静かな諦めや区切りを表す言い方になります。後悔ではなく整理として響くのが、この表現の穏やかなところです。
A: Can we still renegotiate the terms?
B: I’m afraid that ship has sailed. We signed on Friday.
(A:条件をもう一度交渉できますか?)
(B:残念ながら、その段階は過ぎました。金曜に署名済みです)
取引先とのやりとりの場面です。I’m afraid を添えると、扉を閉じつつも失礼にならない断り方として機能します。
あわせて覚えたい関連表現
It’s too late.
(もう遅い)
遅れという事実をそのまま述べるだけの言い方です。比喩を挟む that ship has sailed のほうが、同じ内容でも角が立ちにくくなります。感情が乗りやすいぶん、It’s too late. は相手を責めているように聞こえることもあります。
That’s water under the bridge.
(もう過ぎたことだよ)
過去のわだかまりを水に流すという、和解寄りの表現です。失われた機会を指す that ship has sailed とは、向いている方向が違います。関係を修復したい場面で選ばれる語なので、交渉を打ち切りたいときに使うと意図がずれてしまいます。
Miss the boat.
(好機を逃す)
逃した人を主語にとる動詞句です。機会そのものを主語にする that ship has sailed は、誰の責任かをぼかせる点で使い勝手が変わります。逆に自分の失敗を認める文脈では、miss the boat のほうが素直に響きます。
Note|乗り遅れる船から、出てしまった船へ
港が交通の中心だった時代、船の出航は個人の都合を待ってくれませんでした。その事実から、英語には船を使った「間に合わなかった」の言い方がいくつも生まれています。
古くからよく使われてきたのが miss the boat です。直訳すれば「船を逃す」。主語は逃した本人で、視線は桟橋に立ち尽くしている側に向いています。You missed the boat. と言えば、責める調子が自然に混じります。遅れたのはあなたです、という含みが構文の中に入ってしまうからです。
一方の that ship has sailed は、主語が船のほうに移っています。誰が遅れたのかには触れません。船が出た、それだけを述べる形です。同じ港の同じ一場面を描きながら、カメラの位置が桟橋から海のほうへ移動したような違いがあります。
この差は、使われる場面の違いにもつながっています。miss the boat は個人の失敗を語る文脈に残り、that ship has sailed は交渉や議論を打ち切る文脈で広く使われるようになりました。責任の所在をぼかせるぶん、後者はビジネスの場に持ち込みやすいのです。劇中で否認を打ち切るために選ばれたのも、責める言葉ではなく事実を述べる言葉だったからでしょう。
同じ港を、どこから眺めるか。表現の違いは、それだけのことだったりします。
まとめ|扉が閉まったことだけを告げる
that ship has sailed は、誰かを責めるための言葉ではありません。機会がもう存在しないという事実だけを、比喩ひとつで示す表現です。責任の所在に触れないぶん、相手にも自分にも同じ温度で使えます。済んだ話だと示すだけで、その先の議論そのものが要らなくなります。
会話に入れておくと、断りにくい場面での切り上げ方が一段楽になります。条件交渉でも、締め切り後の相談でも、感情を足さずに扉を閉じられるようになります。言いにくいことほど、比喩をひとつ挟んだほうがまっすぐ伝わることもあります。
もう戻らない船を見送るように、済んだことを済んだこととして置いていく。そんな一言です。


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