海外ドラマを使って英語表現を学ぶ『ドラマdeエイゴ』へようこそ。
深刻な状況で、誰かが信じられないほど軽い解決策を大真面目に提案する。そんな場面が、ドラマには時々あります。
その一言として飛び出す「flip for it」を、『フレンズ』シーズン2第6話の終盤、チャンドラーとジョーイがある重大な選択をコインに委ねようとするシーンから、一緒に見ていきましょう。
「flip for it」の意味とニュアンス
flip for it
意味:コインを投げて決める
flip は「(指で)ぱちんと弾く」動作を指します。親指の爪にコインを乗せ、上へ弾き上げる。その動作から、flip a coin(コインを投げる)、そして flip for it(その件をコインで決める)という言い方が生まれました。
for it の it は、決めかねている当の案件を指します。「どちらが払うか」「どちらが先にやるか」といった二者択一を、話し合いではなく運に委ねる。そのときの宣言がこの一言です。
flip a coin とほぼ同義ですが、for it が付くことで「この件について決着をつける」という目的が前面に出ます。誰かが Let’s flip for it. と言えば、議論はそこで終わり、あとはコインが決める。そういう区切りの合図として機能します。
セットで覚えておきたいのが、heads(表)と tails(裏)、そして call it in the air(コインが宙にある間に表裏を宣言する)という作法です。この三つが揃って、はじめて一連のコイントスが成立します。
【ここがポイント!】
- flip は「親指で弾き上げる」動作、for it は「その件について」を指す一言
- 議論を打ち切って運に委ねる、決着の合図として機能する表現
- heads(表)・tails(裏)・call it in the air もセットで押さえるのがコツ
『フレンズ』S02E06のシーンで見てみよう
意味を押さえたところで、実際のドラマシーンを見ていきましょう。
赤ちゃんのベンを預かったチャンドラーとジョーイは、思わぬ失態を経て、目の前の二人の赤ちゃんのどちらがベンなのか分からなくなってしまいます。アヒル柄だったか、ピエロ柄だったか。記憶も曖昧なまま、チャンドラーが真顔で持ちかけるのが、この解決策です。
Chandler: We’ll flip for it — ducks or clowns.
(コインで決めよう。アヒルか、ピエロか)Joey: We’re going to flip for the baby?!
(赤ちゃんをコインで決めるのか?!)Chandler: You got a better idea? Call it in the air.
(もっといい案があるのか? 投げてる間に言えよ)Joey: Heads.
(表)Friends Season2 Episode6(The One with the Baby on the Bus)
シーン解説と心理考察
友人の子どもを取り違えたという、笑い事では済まないはずの状況。それをコイントスで解決しようとするチャンドラーの提案に、事の重大さと手段の軽さのギャップが表れています。
注目したいのは、ジョーイの反応です。「赤ちゃんをコインで決めるのか」と一度は驚いてみせる。ところが「もっといい案があるのか」と返されると、あっさり「Heads」と乗ってしまう。この抵抗の短さが、二人の場当たり的な性質をやわらかく見せています。
さらに、Call it in the air(投げてる間に言え)という一言が効いています。コイントスの正式な作法を、こんな状況で律儀に守ろうとする。手続きだけは正しく、判断はまるきり間違っている。その倒錯が会話の温度を変えています。
『フレンズ』流・覚え方のコツ
親指の爪にコインを乗せて、ぱちんと弾き上げる。その動作をそのまま手でやってみてください。指がはじけて、コインが回転しながら宙に上がる。この身体の記憶が flip です。
そして for it の it は、いま二人のあいだで宙吊りになっている案件そのもの。コインが宙にある数秒間、決定権は誰の手からも離れています。「その件を、この一投に預ける」という感覚が、for it に込められています。
チャンドラーが真顔でコインを弾こうとする、あの絵を思い浮かべてみてください。決してやってはいけない状況でコインを投げる姿が、この表現とセットで頭に残ります。
例文で覚える「flip for it」
二者択一を運に委ねる場面で使われます。日常からビジネスまで、3つの場面で見ていきましょう。
We couldn’t decide who’d pay, so we flipped for it.
(どちらが払うか決められなくて、コインで決めた)
友人同士の会計で、譲り合いが平行線になったときの解決法です。軽い口調で、後腐れのない決め方として使われます。
Neither of us wanted the night shift, so we flipped for it.
(どちらも夜勤は嫌だったので、コインで決めた)
職場で、誰もやりたがらない役割を公平に割り振る場面。話し合いで角が立つ場合、運任せが最も納得を得やすいことがあります。
A: Who’s going first, you or me?
B: Let’s just flip for it. Call it in the air.
(A:先にやるのは君? それとも僕?)
(B:コインで決めよう。投げてる間に表か裏か言って)
順番決めのやりとりです。call it in the air を添えると、実際のコイントスの手順まで自然に会話に乗ります。
あわせて覚えたい関連表現
flip a coin
(コインを投げる)
動作そのものを指す表現です。flip for it は「その件を決めるために」という目的が for it に含まれる点が異なります。
draw straws
(くじを引いて決める)
長さの違う藁を引いて決める方法で、三人以上でも使えます。コインが二択専用なのに対し、こちらは人数の制約がありません。
heads or tails
(表か裏か)
コインの両面を指す定番の言い方です。flip for it を実行する際、必ずこのどちらかを宣言することになります。
Note|コインの表と裏を、英語はどう呼ぶか
flip for it を実行するには、まず表と裏を呼び分けなければなりません。英語ではそれを heads と tails と言います。頭と、尻尾。なぜこんな呼び名なのでしょうか。
答えは、コインのデザインそのものにあります。多くの国の硬貨は、片面に君主や偉人の肖像を刻んでいます。アメリカの25セント硬貨ならワシントン、イギリスのポンドなら国王の横顔。つまり片面には必ず「頭」があるのです。そしてその反対側を、頭に対する尻尾として tails と呼んだ。動物の身体に見立てた、素朴で分かりやすい命名です。
もう一つの作法が call it in the air(コインが宙にある間に宣言する)です。投げる前でも、落ちた後でもなく、宙にある一瞬に言わなければならない。これには理由があります。投げる前に宣言すれば、投げる側が結果を操作できるかもしれない。落ちてから宣言すれば、結果を見てから有利な方を選べてしまう。宙にある数秒間だけが、誰にも操作できない中立の時間なのです。
コイントスの手続きは、公平さを担保するために設計されています。だからこそ人は、話し合いで決着がつかないとき、この方法を選ぶのでしょう。
チャンドラーが Call it in the air と言ったのは、その手続きを守ろうとしたからでした。決めてはいけない事柄を、正しい手続きで決めようとする。滑稽さの正体はそこにあります。
宙に舞う数秒間だけ、世界は誰のものでもなくなります。
まとめ|チャンドラーの一投から学ぶこと
flip for it は、決めかねた二者択一を、コインの一投に委ねる宣言です。議論を打ち切り、運に判断を預ける。その区切りの合図として機能します。
この表現が使えると、譲り合いや押しつけ合いの膠着を、軽やかに抜け出せます。heads か tails か、call it in the air。一連の作法まで含めて知っておくと、英語圏の日常にひとつ通じる感覚が身につきます。
決してコインで決めてはいけないものを、真顔でコインに委ねようとした瞬間でした。


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