海外ドラマを使って英語表現を学ぶ『ドラマdeエイゴ』へようこそ。
退屈だと分かっていながらも席を立てずに、最後までじっと付き合い続けたという経験が、誰にでも一つはあるはずです。長時間の講義でも、気の進まない映画でも、途中で抜け出したい気持ちを抑えて座り続けた記憶は、案外はっきり残っているものです。
そんな場面にぴったりの「sit through something」を、『モダンファミリー』シーズン2第12話の終盤、映画館で観たい作品をめぐって対立していたクレアとフィルの会話から、一緒に見ていきましょう。座り通した先に何を感じたのか、二人のやりとりから表現の使い方をつかんでいきます。
「sit through something」の意味とニュアンス
sit through something
意味:(退屈・不快でも)最後まで我慢して見る/聞く
sit(座る)とthrough(通り抜けて)を組み合わせた表現で、途中で席を立ちたくなるような退屈・不快な時間でも、最初から最後まで座って耐え抜くというニュアンスを持ちます。単に「見た」「聞いた」というだけでなく、「我慢しながら最後まで付き合った」という含みが加わる点がポイントです。watchやattendのような中立的な動詞とは違い、話し手の内心の苦労がにじむ言い方だと捉えておくと使い分けがしやすくなります。長時間の講義や会議、退屈な式典、あまり好みでない映画や公演など、途中で抜け出したいけれど最後まで付き合わざるを得なかった経験を語るときによく使われます。
【ここがポイント!】
- 「sit through something」の核は、席を立たずにじっと座り通すイメージ
- 単なる鑑賞ではなく、我慢しながら最後まで付き合ったという含みを持つ表現
- 長時間の講義・会議・式典など、途中で抜け出したくなる場面全般に使える
『モダンファミリー』S02E12のシーンで見てみよう
意味を押さえたところで、実際のドラマシーンを見ていきましょう。
映画館での一コマです。クレアが選んだ映画を二人で観ている最中に、感想をやり取りする場面です。上映中の短いやり取りと、後からフィルが自分なりの映画体験を振り返る語りに注目です。
Claire: I like the scene with the old man on the beach.
(私はビーチにいるおじいさんが出てくるシーンが好きだったわ。)Phil: That was a trailer for a different movie.
(それ、別の映画の予告編だったよ。)Claire: So he’s not coming back?
(じゃあ、あの人はもう戻ってこないの?)Phil: No, he’s not coming back, and I’m not coming back either.
(ああ、あの人は戻ってこないし、俺ももう戻らないよ。)Moviegoer: Shh! Some of us are trying to enjoy this film.
(シーッ! こっちは映画を楽しもうとしてるんだから。)Phil: While Claire watched one of the most highly acclaimed films of the year I sat through a badly made schlock fest with absolutely no redeeming value and it was awesome.
(クレアが今年最高の評価を受けた映画を観ている間、俺は褒めるところが一切ない駄作を最後まで我慢して観たわけだけど、それが最高だったんだ。)Modern Family Season2 Episode12 (Our Children, Ourselves)
シーン解説と心理考察
クレアが「ビーチにいるおじいさんが出てくるシーンが好きだった」と感想を口にすると、フィルは「それ、別の映画の予告編だったよ」と訂正します。クレアが「じゃあ、あの人はもう戻ってこないの?」と続けると、フィルは「あの人は戻ってこないし、俺ももう戻らないよ」と自虐交じりに返し、自分が観ていた映画への不満をにじませます。真剣な映画とふざけた映画のどちらを選ぶかで対立していた二人の温度差が、そのまま会話ににじんでいます。
上映中には近くの観客に「シーッ! こっちは映画を楽しもうとしてるんだから」とたしなめられる一幕もありました。それとは別に、フィルは後からこの映画体験を「クレアが今年最高の評価を受けた映画を観ている間、俺は褒めるところが一切ない駄作を最後まで我慢して観たわけだけど、それが最高だったんだ」と振り返ります。この振り返りには、低俗な作品でもとことん楽しんでしまうフィルらしい価値観が表れています。クレアが選んだ「高尚な映画」と、フィルが座り通した「褒めるところのない駄作」という組み合わせそのものが、この夫婦の好みの違いをそのまま映し出す構図になっています。
『モダンファミリー』流・覚え方のコツ
sit(座る)、through(端から端まで通り抜けて)という語順のとおり、席を立たずに最初から最後までじっと座り通しているイメージを思い浮かべてみましょう。フィルが「褒めるところが一切ない駄作を最後まで我慢して観た」と振り返ったように、当初から楽しむつもりで座っているのではなく、少しの辛抱を自分に言い聞かせながら座り続ける感覚が、この表現の芯になります。
例文で覚える「sit through something」
長時間の講義から映画まで、我慢して付き合う場面を3つの例文で確認していきましょう。
I had to sit through a three-hour lecture yesterday.
(昨日は3時間の講義を最後まで座って聞かなければならなかった。)
長時間の講義や研修に耐えた経験を話す場面です。three-hourのように具体的な時間を添えると、我慢の度合いが伝わりやすくなります。
We sat through the whole ceremony in the rain.
(私たちは雨の中、式典を最後まで座って見届けた。)
悪天候の中でのイベントについて話す場面です。in the rainのような状況説明を添えると、どれほど大変だったかが伝わります。
A: How was the movie?
B: Honestly, I could barely sit through it.
(A:映画どうだった?)
(B:正直、最後まで座って観てるのがやっとだったよ。)
退屈な映画の感想を話す会話です。barelyを添えることで、ぎりぎり最後まで我慢したというニュアンスが強調されます。
あわせて覚えたい関連表現
endure something
((苦痛・困難などを)耐える)
sit through somethingが「座ったまま最後までやり過ごす」という具体的な状況を表すのに対し、endure somethingはより広い範囲の苦痛・困難全般に使える、より一般的な表現です。
bear with something
((一時的に)我慢する、辛抱する)
bear with somethingは相手に「少し我慢して待ってほしい」と頼む場面でよく使われるのに対し、sit through somethingは自分がすでに我慢し終えた経験を語る場面で使われることが多い表現です。
put up with something
((不満はあっても)我慢して受け入れる)
put up with somethingが継続的な不満・迷惑への我慢を表すのに対し、sit through somethingは一回限りの催しや時間の長さへの我慢に限定されます。長く続く人間関係の不満より、特定の一場面を我慢して乗り切った経験に向いています。
Note|「座って最後まで付き合う」感覚を一語にまとめるsit through something
退屈な時間を最後まで我慢して付き合うという経験は日本語でも身近ですが、それをたった一つの動詞句で表せる点に、英語表現ならではの効率の良さがあります。
日本語で同じ状況を説明しようとすると、「退屈だったけど最後までちゃんと座って見た」「途中で抜け出したかったけど我慢して付き合った」のように、複数の言葉を重ねて説明する必要が出てきます。ところが英語ではsit through somethingという一つの動詞句に、「座ったままである」「最後まで通し抜く」「本来なら抜け出したいくらい退屈・不快だった」という3つの要素がまとめて詰め込まれています。フィルが駄作映画について「sat through a badly made schlock fest with absolutely no redeeming value」と語った一言にも、上映時間中ずっと座って我慢していたという行為と、その作品がいかに退屈だったかという評価の両方が、一つの動詞に凝縮されています。長い講義や退屈な式典について話すとき、日本語なら複数の文に分けて説明する内容を、英語話者はsit throughという一語でまとめて片づけてしまう傾向があります。
フィルの「褒めるところが一切ない駄作を最後まで我慢して観た」という一言も、退屈さと最後まで付き合ったという行為の両方を一度に伝える、まさにこの表現らしい使い方です。
一語で状況をまとめて伝えられる効率の良さも、この表現の魅力です。長々と説明しなくても、聞き手には「座って我慢した」という経験の輪郭がすぐに伝わります。
まとめ|退屈な時間も、座り通せば一つの経験になる
sit through somethingは、退屈・不快な時間でも席を立たずに最後まで座り通すことを表す表現です。
長時間の講義や会議、好みでない映画や公演など、途中で抜け出したい気持ちを抑えて付き合い切った経験を語るときに便利な一言です。
真剣な映画を選んだクレアと、フィルが選んだ別の作品、それぞれ異なる映画に付き合った二人でしたが、最後まで席を立たずに座り通した点は共通しています。渋々座っていたはずのフィルが、最後には「それが最高だったんだ」と満足げに振り返るところに、この表現らしいオチが効いています。
自分なりの楽しみ方を見つけて座り通した時間も、案外悪くないものなのかもしれません。


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